難解フレーズの法則

難解フレーズの法則

人は皆何かに憧れて、原動力を得る。
例えば、俺なんかの場合は憧れのアーティストが演奏する難しそうなギターの演奏を聴いて弾いてみたいなんて思う。それから練習する。

ところがある時、一変する。

 

 

 

練習して、練習して、練習して。

 

ようやく弾きこなせる程になると、途端にそれがあの日聞いていた、見ていたものではなく簡単なモノに見えてしまうのだ。

 

恐らく、まだまだ彼らの足元にも及んでいないはずなのに、大体の大枠の形ができたことでしか無いのに、とたんに理解したような気持ちになる。

 

これは恐らくは全ての感情とほぼ同じ。

 

恋愛に関してもだ。

 

苦労して、苦労して、やっと付き合った彼は、きっととたんに面白くもなんとも無い、そんな存在になって行くのだろう。

 

 

俺の中にはその後のストーリーが2つある。

 

一つはキチンと燃え尽きるもの。
もう一つは少し表現は難しいが、消えて行くもの。とでも表現しようか。

 

 

前者は簡単だ。
ある目的、目標をもってそこに向かって全力で走ることでつまらないと簡単に思ってしまう次のステップへと踏み出すことだ。
誰かに発表するなんてのがそんな感情に近しい。しかしこれは終わりのある付き合い方で、ひと時の思い出となって心の中にそっとしまうことになる。

 

後者はとても難しい。
まず、諦めなければならない。
知るということを。
得るということを。
楽しいという感情も。
ただ、そこにあるのは永遠と続く時間とそれに寄り添うだけのとても薄いものだ。
一度に全てを得ようとしてはいけない。
本当に理解はできないまま死んでしまうかもしれないという位の覚悟が無いとこの付き合い方にはならない。
ジジィがスルメを半日かけて食べるみたいな感覚。
これはもう思い出とかそんなものじゃなくて、身体の一部になってしまうものだから人間相手にこんな関係を築くのはほとんど無理だ。
相手が人間なら必ず揺れ動く部分があるから。

 

とても薄いと書いたが、これは一種の表現であって、実際はそんなことは無い。
長いスパンで見てみれば余程濃いのがわかる。

 

これはきっと楽しいとかそういう感覚を超えた次元に存在していて、都合がいいと言ってしまえばそれまでではあるが、それ以上のものがある。
感じたり、聞こえたり、見えたり。そう言った形になって現れる。

 

けど本人達はもうそれには気づかない。
身体の一部になっているのだから。